飲み会の席で、上司が「若い人はもっと飲みに行け」と言いました。言いたいことはありました。毎週は体がもちません。でも、そう言うと空気が変わります。結局「そうですね」とだけ返して、帰り道で自分の言葉を何度もやり直しました、そんな夜は、社会人1〜2年目には珍しくありません。
Coelia代表・小幡十矛が、なぜCoeliaを作ったのかを書いています。なぜCoeliaを作ったのか
この記事が扱うのは、意見が違うときに、相手を傷つけずに言い返す型です。精神論ではなく、哲学者スティーヴン・トゥールミンが示した議論の6要素を、会議・飲み会・初対面の集まりへ降ろしたものです。
いちばん多い失敗は、結論だけを返すこと
「それは違う」「そうは思わない」「無理だと思う」。これらはすべて主張(claim)だけです。主張単体で飛んでくる言葉は、相手の人格や価値観全体を否定されたように受け取られやすい。
トゥールミンは『The Uses of Argument』(2003年版)で、日常の議論も論文と同じきます根拠(grounds)から主張(claim)へ渡る橋を持つと書いています。橋の部分を省略した反論は、相手にとって「なぜそう言えるのか」が見えないまま結論だけが届く。だから防衛反応が起きます。
福澤一吉『議論のレッスン』でも、口論と議論の違いは相手を倒すか、考えを進めるかにあると整理されています。傷つける反論の多くは、後者ではなく前者の形です。
6つの構成要素、主張から反駁まで、1セットで整理する
戸田山和久『論文の教室』がレポート指導で使うトゥールミンモデルは、日常の会話にもそのまま写せます。6要素を表に並べます。
| 要素 | 中身 | 言い方の例 |
|---|---|---|
| 主張(claim) | 自分の結論 | 「毎週は難しいと思います」 |
| 根拠(grounds) | 見た・聞いた・経験した事実 | 「翌日の仕事に響いた回が2回ありました」 |
| 論拠(warrant) | 根拠から主張へ渡る前提 | 「体調が落ちると翌日の仕事の質が下がるから」 |
| 裏づけ(backing) | 論拠自体の根拠(必要なときだけ) | 「前の部署でも、翌日に会議がある人は控える傾向でした」 |
| 限定(qualifier) | 言い切りの強さを弱める条件 | 「毎週ではなく、月1回なら行きたいです」 |
| 反駁(rebuttal) | 反例への答え | 「忙しい週は無理ですが、調整できる週は参加したいです」 |
6つ全部を毎回言う必要はありません。最低でも主張・根拠・論拠の3つをセットにすると、空気が変わりにくくなります。論拠はいちばん見落とされやすい要素です。戸田山和久は論文指導の中で、学生が根拠だけ並べても主張が浮いている、「だから何」と言われます、と指摘する場面を繰り返すと書いています。日常の反論でも同じで、根拠だけ返しても「だから違うのでは」とは届きません。
論拠を言葉にすると、相手は人格ではなく「前提」に目を向けます
論拠(warrant)とは、あなたが根拠から主張へ飛ぶときに信じているルールです。「体調が落ちると仕事の質が下がる」という前提を口に出すと、相手が反論する先が「あなたという人間」から「その前提は正しいか」へ移ります。
トゥールミン自身は晩年の論考(Informal Logic 24:2, 2004, pp.111-114)で、このモデルが論理学の教室だけでなく法廷・医療・日常の説得へ広がった経緯を振り返っています。専門家同士の議論でも、論拠を明示しないと話が平行線を走る、という観察は、飲み会の席でも起きます。
先ほどの飲み会の例を、型で組み直すとこうなります。
- 相手の主張を短く言い直す:「若い人はもっと飲みに行くべき、というお話ですよね」
- 同意できる部分を1つ置く:「チームの距離は近づけたいと思っています」
- 主張・根拠・論拠を続ける:「ただ毎週は難しいです(主張)。翌日に仕事が響いた回がありました(根拠)。体調が落ちると翌日の仕事の質が下がるので(論拠)、月1回なら参加したいです(限定)」
「そうですね」だけの返事と比べると、文の数は増えます。ただ、増えたのは攻撃ではありません自分の中の順番です。相手にとっては、何を守りたいのかが読み取れる反論になります。
反駁を先に述べると、議論は強くなります
6要素の最後、反駁(rebuttal)は「相手の反論を先に受け取る」位置づけです。「忙しい週は無理ですが」と先に置くと、相手は「全部断るつもりか」と読みにくくなります。
説得研究のメタ分析では、反駁つきの両面提示(自分の主張に加え、相手の言い分とその限界も述べる)が、非広告トピックでは片面提示より説得力が高いと報告されています(Allen 1991; O'Keefe 1999)。一方、反対論点に触れるだけで自分の反駁をしない両面提示は、片面提示より説得力が下がる、という結果も同じ研究系統で示されています。
ここで大事なのは「言うことも分かります。ただ私の場合はこうです」の形で、相手の言い分を受け取ったうえで主張を続けることです。福澤『議論のレッスン』が練習課題にする「相手の立場を言い直してから違う結論を出す」も、同じ構造です。
この話し方が合いにくい場面
正直に、向かない場面もあります。
- 相手が議論を望んでいない:結論を急いで決めたい会議や場面では、6要素全部は長い。主張・根拠・論拠の3つに絞ります。
- パワーの差が大きい:型を知っていても、上下関係が強い環境では防衛反応は残ります。ここは言い方の問題だけではありません。
- 侮辱・ハラスメント:傷つける意図がある言葉への「穏やかな反論」は、被害者を追い込みます。型の適用対象外。
- 向かい合って結論だけを交換する席:カフェのテーブル、飲み会の正面席など、視線の逃げ場が相手の顔しかない席では、丁寧な反論でも勝ち負けに聞こえやすい(初対面の沈黙が気まずい話と同じ構造)。
後者は言い方ではありません席の配置や目線の問題です。同じ意見の違いでも、並んで同じものを見ながら話す席では、反論が人格の勝負に変わりにくい。会議室より、料理を分ける席や、的・ボール・カードなど人以外に目を向けられる席や空間のほうが、意見を言いやすい、これはCoeliaのイベントを続けて設計している側からの観察です。勝ち負けの議論ではなく、その日やることが先に決まっているイベントでは、意見の違いは「その場のもの」についての話に着地しやすい。
今日から試せる、3行の反論メモ
会議や飲み会の前に、スマホのメモへ3行だけ書いておく方法があります。話題を仕込むのとは違い、意見が分かったときの出口だけを先に決めます。
| 行 | 書くこと | 例 |
|---|---|---|
| 1行目 | 相手の主張の言い直し+同意できる1点 | 「距離は近づけたい、という点は同感です」 |
| 2行目 | 自分の根拠と論拠 | 「翌日に響いたので、体調と仕事の質は切り離せません」 |
| 3行目 | 限定つきの主張 | 「毎週ではなく、月1なら参加したいです」 |
3行書けないときは、まだその場で言う必要がないサインです。黙ることも、型のうちの選択肢です。言うときは、会話を続ける聞き方と組み合わせると、反論のあとも話が続きやすい。連絡先を急がない進め方は別の記事で扱っています。
まとめ
反論で人が傷つくのは、だいたい結論だけが飛んでくるからです。トゥールミンの6要素は、結論の前に橋を渡すためのステップです。特に論拠、根拠から主張へ渡る前提、を言葉にすると、相手はあなたの人格ではなく、その前提と向き合います。
反論は相手を倒すことではなく、主張の境界を一緒に調べることです。傷つけない反論は、優しさの問題ではなく、主張と人格を分けて渡す技術の問題です。
参考文献
- Stephen E. Toulmin, The Uses of Argument, Updated Edition, Cambridge University Press, 2003(本文の引用は同版からの拙訳)
- スティーヴン・トゥールミン『議論の技法——トゥールミンモデルの原点』戸田山和久・福澤一吉訳、東京図書、2011年
- Stephen Toulmin, "Reasoning in Theory and Practice," Informal Logic 24:2 (2004), pp.111-114
- 福澤一吉『議論のレッスン』日本放送出版協会(生活人新書)、2002年(新版・NHK出版新書、2018年)
- 戸田山和久『論文の教室——レポートから卒論まで』日本放送出版協会(NHKブックス)、2002年(最新版・NHK出版、2022年)
- Mike Allen, "Meta-analysis comparing the persuasiveness of one-sided and two-sided messages," Western Journal of Speech Communication 55:4 (1991), pp.390-404
- Daniel J. O'Keefe, "How to Handle Opposing Arguments in Persuasive Messages: A Meta-Analytic Review of the Effects of One-Sided and Two-Sided Messages," Annals of the International Communication Association 22:1 (1999), pp.209-249
よくある質問
反論すると相手を傷つけますか?
結論だけを返す形だと傷つけやすい。相手の主張を否定するのではなく、自分の根拠と論拠(根拠から結論へ渡る前提)をセットで渡すと、人格攻撃ではなく前提の違いとして受け取られやすい。
職場で意見が違うとき、どう言い返せばいいですか?
まず相手の主張を短く言い直し、同意できる部分を1つ置いてから、自分の主張・根拠・論拠を続けます。「〇〇という点は分かります。ただ私は△△という経験があるので、□□と考えます」の順が基本形。
トゥールミンモデルとは何ですか?
哲学者スティーヴン・トゥールミンが示した議論の型。主張・根拠・論拠・裏づけ・限定・反駁の6要素で1つの意見を組み立てる方法。論文やレポートの指導でも使われ、日常の議論にも応用できます。
意見を言うと空気が悪くなるのは、私の性格の問題ですか?
必ずしも性格の問題ではありません。向かい合って結論だけを交換する場では、沈黙か勝ち負けの二択になりやすい。同じものを見ながら話す場や、やることが先に決まっている場では、意見の違いが人格の勝負に変わりにくい。
6要素全部を毎回言わないとダメですか?
毎回全部は不要。最低でも主張・根拠・論拠の3つをセットにすると、空気は変わりにくくなります。裏づけと限定・反駁は、相手が強く反発するときや、誤解されやすい話題のときに足す。




