高校のころ、田んぼの間の道を、毎日ひとりで自転車で帰っていました。1キロくらい、顔見知りはいません。あの帰り道を、孤独だと感じたことは一度もありません。
上京してからは、朝の電車で毎日、知らない人の腕が当たります。同じ車両に、何十人。その中で、あの帰り道より孤独でした。
田んぼ道では1キロ誰にも会わなくて平気で、東京では30センチ先に人がいて孤独。距離だけで言えば、状況は3000倍よくなっています。
Coelia代表の小幡十矛です。石川県から東京に出てきました。この食い違いを、しばらく自分の性格の問題だと思い込んでいました。そこではありませんでした。
Coelia代表・小幡十矛が、なぜCoeliaを作ったのかを書いています。なぜCoeliaを作ったのか
孤独は、人が減ったときだけでなく、人が増えたときにも増えます
上京して最初に増えたのは、1日に視界へ入る人の数です。改札、コンビニ、オフィス、帰りの電車。地元の1日とは桁が違います。減ったのは、名前を知っている人の数のほうでした。
そして休日が来ます。土曜日に声を出したのは、コンビニで「袋、いりません」の6文字だけ。平日は朝から夕方まで喋っています。喋った量は100倍ちがうのに、家に帰ってからの静かさは同じでした。
人が0人の土曜日と、何十人といる月曜の朝が、同じくらい孤独。この2つが並んだとき、前提が1つ崩れました。人の数と孤独の量は、同じ方向に動いていません。
増えていたのは役割としての接触で、名前としての接触ではありませんでした
1週間に会う人を思い出すと、コンビニの店員、改札、受付、上司、同期。ここで気づいました。この人たちの名前を知らなくても、1日は問題なく回ります。
都市の社会学では、すれ違う相手に気づいていると示しながら、詮索する方向へは注意を向けない振る舞いを儀礼的無関心と呼びます。1960年代の研究で使われた言い方で、無視ではなく互いの領域を守るための作法として説明されています。私も同じことをしていました。エレベーターで隣の部屋の人と一緒になったとき、スマホを見た。通知は1件も来ていません。来ていない通知を、7階ぶん確認していました。
ここが食い違いの正味です。人が増えるほど、役割で足りる接触は自動で増えます。名前で呼ばれる時間は、それとは別に増やさないと増えません。満員電車は、前者だけが極端に多い場所でした。
だから直す場所は、会う人の数ではありませんでした
気づく前にやっていたのは、人数を増やすことです。土日に人がいるイベントへ行きました。交流会、街のイベント、はじめての集まり。3週目には、名前と出身と仕事を電子レンジの温めが終わるより早く言えるようになりました。上手くなったのは、自己紹介だけです。
帰り道でいつも同じところで止まります。今日会った人の名前を1人も覚えていないし、向こうも自分の名前を呼んでいません。会った人数だけなら、その日は1週間ぶんの平日より多いのに。
1回×10人と、10回×1人は、同じ10ではありません。前者で増えるのは役割としての接触。後者だけが名前としての接触になります。増やすなら、人数ではありません。回数です。
濃いつながりが成立していたのは、抜けられなかったから
ここで、ひとつ調べて驚いたことを書く。「醤油を借りに行ける下町」は、つながりが濃かった時代の代表として語られます。ところが江戸時代の町には、近所の5戸前後を1組にする仕組みが並走していました(五人組)。組の誰かが年貢を納められなければ組で弁済し、組の中に罪を犯した人がいれば届け出る義務がありました。
つまり、助け合いと監視は別の制度ではなく、同じ仕組みの表と裏でした。醤油は借りられます。ただし、借りた醤油の利子として、隣の家の年貢が付いてきます。
この仕組みの成立条件は1つです。抜けられないこと。だから、仲良くなること自体を焦った集まりは、親密になるのではなく居心地が悪くなります。全員と話す、自己紹介を一周する、最後までいます。どれも濃さを足す設計ですが、同時に抜ける道をふさぐ設計でもあります。選ぶ基準は濃さの量ではなく、抜けられるかどうかのほうでした。
これが自分だけの話ではないことを、国の調査で確かめた
思い込みだと嫌なので調べた。内閣府の社会意識に関する世論調査(令和6年10月調査)は、全国18歳以上を対象に2024年10月から11月に郵送で行われ、1,777人が答えています。地域での付き合いを「していない」と答えた人は44.0%で、都市規模別では大都市がいちばん高く、年齢別では18歳から29歳がその高いほうに入っています。
ここまでは体感のとおりです。おかしかったのは次でした。同じ調査で「地域での付き合いは必要ない」と答えた人は、1.1%です。
付き合っていない人は4割を超えているのに、要らないと答えた人は100人に1人。していないことと、望んでいないことは別でした。この2つを1つにして読んでいたのが自分です。土曜日に予定がないのは自分だけで、この街で余っているのだと思っていました。
そのうえで、望ましい濃さのほうも聞いました。
| どのくらいの付き合いが望ましいか | 答えた人の割合 |
|---|---|
| 行事や会合に参加して、困ったときに助け合う | 30.3% |
| 行事や会合に参加する程度 | 27.3% |
| 挨拶をする程度 | 20.1% |
| 世間話をする程度 | 19.2% |
| 付き合いは必要ありません | 1.1% |
この調査は、大都市では「挨拶をする程度」「世間話をする程度」を選んだ人の割合が高いと書いてあります。望まれているのは薄いほうでした。薄い。スマホに貼るフィルムくらいの厚みしかありません。それでも、貼っていない人はいません。前の節と合わせると、話が1本につながります。薄いつながりは望まれているのに、薄い接点だけは自然には増えませんのです。役割としての接触は勝手に増えるのに。
1週間の通り道に何があったかを書き出してみます
何が足りていなかったのかをはっきりさせるために、社会人3年目の1週間を並べました。
書き出すこと自体に効き目があるのかは、実験で調べた人がいます。状況と気持ちの両方を書いた人だけが変わったという結果を占いが当たると感じる理由を心理学から読んだ記事にまとめました。書く前に読むと、並べる項目が変わります。
| 通り道にあるもの | 社会人3年目の夏 | いま |
|---|---|---|
| 1日に視界へ入る人の数 | 地元の何倍 | 同じ(減らしていない) |
| 名前で呼ばれる場所 | 会社の中だけ | 会社の外にもう1つ |
| 同じ人に会う回数 | 1回きりが積み上がります | 週に1つ、2回目があります |
| 目を合わせずにすれ違う場面 | 毎日 | 毎日(変えていない) |
並べてみると、性格の行がありません。1行目と4行目は社会人3年目のままで、増えたのは場所と回数の側だけでした。
やめたことは2つです。参加するイベントの数を増やすこと。もう1つは、気の利いたことを言えるようになってから行こうとすること。上手くなってから行く順番でいくと、上手くなったかどうかを確かめる土曜日が、また声を出さない土曜日になります。
置いたのは1つだけです。同じ場所へ、2回目に行きました。2回目の入り口で「あ、また来た」と言われた。名前ではありません。それでも、前回いたことが向こうに残っていました。3回目に、こちらから相手の名前を呼びました。呼んでみるまで、覚えている自信はありませんでした。
ひとりで行くのが不安なら、運営が同席している場所を選んでください。入り方に迷ったときは、その場で運営へ相談できます。
参加するイベントを増やすのをやめた話は別の記事に書きました(社会人の友達作りで、参加するイベントを増やすのをやめた)。連絡先を交換するかどうかで迷っているなら、こちらが近いはずです(連絡先の交換は急がなくていい)。週末の予定表だけが空白のときは、こちらも近い入口です(土曜の予定が白すぎて、カレンダーが北極でした)。週末の自分に合う集まりのパターンを先に知りたいなら週末タイプ診断(6問・無料)も使えます。
30センチ先の他人は、いまも他人のまま
満員電車の朝に、前ほど孤独を感じなくなりました。声を出さないまま終わる土曜日も、来なくなりました。
ただ、電車で隣の人に話しかけたことは一度もありません。目も合わせません。エレベーターでは今もスマホを見ます。30センチ先の他人は、いまも他人のまま。
欲しかったのは、人に囲まれて孤独を感じない自分でした。手に入ったのは少し違って、週に1つ、名前で呼ばれる場所です。そこがあると、名前で呼ばれない時間のほうは、そのまま放っておけます。
変えたのは、会う人の数ではありません。同じ人に会う回数です。
休日に誰とも話さないと感じるとき、先に押さえる3点
「休日 誰とも話さない」「休日 一人 寂しい」で検索してきた場合、止まるのは人の少なさより、名前で呼ばれる場が週に1つもないことです。ここまで読む前に、見方の型だけ先にまとめます。
- 重い理由:満員電車の中にいるのと、声を交わす場は別の体験
- 置き換え:会う人の数より、同じ人に会う回数
- 具体案:気になった場を1つ選び、2回目の日だけカレンダーに入れる(登録不要)
毎回ちがう会を探していた話は交流会に行っても友達ができない理由にまとめています。
よくある質問
人がたくさんいる場所にいるのに孤独なのは、おかしいことですか?
おかしいことではありません。人の数と孤独の量は同じ方向に動きません。人が増えて増えるのは役割としての接触で、名前としての接触は別に増やさないと増えないからです。人数を増やしても、答えにはなりません。増やすのは同じ人に会う回数です。
休日に誰とも話さない日があるのは、まずいことですか?
まずいことではありません。話した回数を目標に置くと、話さなかった日が失点になって、数えるのがつらくなりました。数えるなら、通り道にある場所の数のほうです。場所が1つあれば、話さない週があっても、次の週にまた行けばいい。
話すのが得意ではありません。それでも行けますか?
行けます。この記事の話も、得意になってから動いたものではありません。選ぶのは、2回目に行けるかどうか。その日に全部話さなくて済みます。聞いているだけの回があっても構いません。
ひとりで行っても浮きませんか?
ひとりでの参加を歓迎しています。入り方に迷ったときは、その場で運営へ一言。運営が同席しているので、輪に入りづらいときは相談できます。
上京したばかりで、東京の土地勘がないのですが。
土地勘は要りません。運営が同席しているので、当日わからなくなったら公式LINEから連絡してほしい。集まる場所と時間はイベントごとの案内に載っています。上京したてでも地方出身でなくても同じで、参加の条件は20代であることだけです。
会社の同期と仲がいいなら、それで足りますか?
同期とうまくいっているなら、それは大事な関係です。ただ、会社の中では役割が先に決まっているので、休日に会う相手としては動きにくいことがあります。会社の外にもう1つあれば、片方が忙しい時期でも会う場所は残ったまま。
人と会うと疲れます。それでもつながりを増やしたほうがいいですか?
増やしたほうがいい、とは書いていません。この記事にあるのは、行く場所を1つ持っておくと、名前で呼ばれない時間を放っておけるという話だけ。会うのがしんどい週は、行かなくて大丈夫です。面倒な気持ちと増やしたい気持ちが同時にあるときのことは、こちらに書きました(人付き合いは面倒。それでもつながりは増やしたい)。
どんな場所を選べばいいですか?
2回目に会えるところ、そして抜けられるところを選んでほしい。濃さを目標にした場は、密度ではなく圧が上がります。途中で帰れる、話さなくてもいい、次に来るかを当日決めなくていい。この3つが揃っている場所のほうが、2回目の入り口が軽くなります。
上京していなくても、この話は当てはまりますか?
当てはまることがあります。学校が終わって、通学路と部活が同時に無くなったところは同じです。実家に住んでいても、休みの日に外へ出る理由だけは自分で作ることになります。




