乾杯から40分。目の前の人とは仕事の話が一周して、右隣は別の人と盛り上がっていて、自分はレモンサワーの氷を見ています。氷が溶けるのを、その日いちばん真剣に見ている人になっています。このグラスの中だけ、時間の進み方が違う。あと2時間ここにいます。次はもう少し話せるようになってから来ようと考えて、その夜は「自分には向いていなかった」と結論づけてしまいます。
向いていなかったのではありません。そのイベントは、座った瞬間に気まずくなることが決まっていました。決めていたのは、その夜の進行でした。
正確に言うと、進行役のある行動の話。それが何かは、この記事の途中で書きます。
Coelia代表の小幡十矛です。イベントを開いている側の人間が書いています。
Coelia代表・小幡十矛が、なぜCoeliaを作ったのかを書いています。なぜCoeliaを作ったのか
「話せるようになってから行こう」の練習は、いつまでも始まりません
参加する側だった頃、気まずい回のあとにやっていたのは反省でした。話題の引き出しが少ない、質問が浅い、沈黙で焦ります。次までに何とかしよう、と思う。
ですが、何ともなりません。会話の練習は、人と直接話す中でしか身につきませんからです。気まずかったから行きません、行かないから慣れません、慣れないから気まずい。この輪は、自分の内側をどれだけ点検しても切れませんでした。
切れなかった理由は単純でした。あの夜に足りていなかったのは自分の話術ではなく、2時間のあいだに誰と何を話すかを決める人です。その仕事は、行った人ではなく開いた人のものでした。
その行動をやっていたのは、数年前の自分です
Coeliaを始めて、開く側に回りました。会場を押さえて、日付を決めて、人を集めて、当日その場に立ちます。冒頭に書いた「進行役のある行動」は、当時の自分がやっていたことです。参加者として氷を見ていた夜もあれば、自分が氷を見せていた夜もありました。いま思い出しても正座したくなる回があるので、先にそれを書きます。
告知文には「どなたでも歓迎」。ところが開催が近づいても人数が足りません。そこで、良かれと思って、参加者と接点があるかを確かめないまま知人に声をかけた。その場が温まるだろうし、来てくれれば人数もそろいます。数だけは。
当日は乾杯のあと、全員で一周の自己紹介。名前と仕事と出身を言ってもらって、自分はこう言いました。「あとは自由に話してください」。言った本人は、いい会にする準備を終えたつもりでいます。
そこから起きたことを実況します。まず、部屋は静かになりませんでした。声をかけた知人が、きちんと間を持たせてくれたからです。ただ、持たせ方が講演でした。
始まったのは、その知人が詳しい趣味の話です。先に書いておくと、話そのものはいい話でした。ただ、その話題を知っていたのはその知人だけで、他の参加者は相槌の打ちようがありません。
相づちは打たれています。ただ、相づちの角度が全員そろって浅い。知らない話に「へえ」と言うときの、あの首の角度です。手も動いています。おしぼりを畳み直す人。メニューを3周する人。ドリンクの写真を、美術館の絵と同じ角度から鑑賞しています。届いていない通知を確認する人。
しかも、ときどき指名が入ります。「〇〇さんはどう思う?」。当てられた人が一言だけ答えて、そこからまた講演に戻ります。学級会と同じ構図です。その卓で発言できるのは、指名された1人ずつだけになっていました。音はあります。ただし音源が1つです。
こうなると、参加者どうしは一度も話しません。話しかけていいタイミングが来ないからです。誰かが勇気を出して口を開くときも、出てくるのは「お仕事、何されてるんですか」。さっき全員の前で言った内容です。それでも聞くしかないのは、他に共通の話題が1つも配られていないからです。
その方が悪いのでは、まったくありません。空いた時間を埋めてくれただけです。その席を作ったのが自分で、話の合う相手を1人も用意しないまま、盛り上げ役として来てくださいと連絡したのも自分でした。人数の数字だけを見て、その人がその日どんな3時間を過ごすかを1秒も考えていません。
自分はというと、その部屋の空気を見ながら、受付でお金を数えていました。会が終わって、みんな「楽しかったです」と言って帰ります。そして誰も二度と来ませんでした。
指摘されるまで、何が悪かったのだろうと思っていました
しばらくして、新しく運営に入ったメンバーができました。何回か一緒に立ったあと、その人に言われます。「あれ、この会って何をするのが目的なのですか」。
その場では意味が分かりませんでした。20代が集まって話す会です、と返します。すると、それは集める理由であって、集まったあとに何が起きてほしいのかが決まっていませんと言われました。 そこから1つずつ指摘されて、順番に思い当たります。あの夜にやったことが、そのまま並んでいました。自分の記憶を、あとから来た人に先に言い当てられた。
しかも、どれも良かれと思ってやっていたことです。誰でも来ていい形にしたのも、進行で縛らなかったのも、作業を全部自分で引き受けたのも、参加する人のためのつもりでした。親切のつもりでやっていたことが、そのまま失敗例の見出しになっていましたわけです。以下、4つに分けて自分の傷を開く。開く側をやったことがある人は、たぶん1つは身に覚えがあるはず。
1. 「どなたでも歓迎です」と書いていました
告知文に堂々と書いていました。誰でも来てください、と。指摘はこうでした。どなたでも歓迎というのは、自分が誰に来てほしいのかを決めていない印です、と。来る人を絞るのは冷たさではなく、来た人への責任です、とも言われた。
顔が青くなりました。当時の自分は人数が集まらないのが怖くて、誰でもどうぞと書いていましただけです。20人集めたい、だから条件を書きません。誰でも歓迎と書き続けた結果、うちの告知文はコンビニの自動ドアになっていました。誰でも入れます。ただし、何の店かは入ってみるまで分かりません。
こうなると、来た人が「自分はここにいていいのか」を各自で決める会になります。決める材料は無いので、みんな黙って自己判断するだけ。入口に「どなたでも」とだけ書いてある部屋は、歓迎しているのではなく、誰に向けた部屋かを書き忘れているだけです。
いまは20代限定を守り、人数が足りない回は少人数のまま開いています。そう決められたのは意志が強くなったからではなく、数だけそろえた会がどうなるかを、実際に見たからです。当日その場にいる人にとって、参加者が何人かより、誰のための会かがはっきりしているほうが大事でした。
2. 乾杯のあと「あとはご自由に」と手を離していました
いちばん長くやっていたのがこれです。最初に全員で一周の自己紹介をして、名前と仕事と出身を言ってもらい、そのあとは自由に話してください、と手を離す。
今にして思えば、自分の番が近づくと心臓の音が自分にだけ大音量で聞こえてくる、あの時間を、部屋にいる全員へ同時に配っていました。研修の自己紹介で味わったやつ。順番待ちの人は他人の話を聞いていません。自分の番の原稿を頭の中で書き直しているからです。最後のほうの人は、前の人と同じことを言うしかありません。
ここもはっきり言われた。自然体という言い方は聞こえがいいが、やっているのは自分の仕事を放り出すことで、来た人に来た人の世話をさせているだけです、と。しかも、進行役がいない飲み会には仕切りたがる人が入り込む余地ができますとも警告された。実際そのとおりでした。あの夜、手を離した3秒後には、声をかけた知人が司会を引き受けてくれた。頼んではいません。進行が無い以上、誰かがやるしかありません。主催者。自分。はそのとき、肩書きだけ持って会場の隅に立っていました。
引き受けてくれた人は、こちらの目的を知りません。自分が「初参加の人どうしが話せる会にしたい」と思っていても、会は別の方向へ進みます。運転席を空けたまま走り出した車の助手席で、行き先を心の中で祈っている状態です。
3. 端で黙っている人を見ながら、会計をしていました
受付も会計も写真も、自分ひとりでやっていました。会場でいちばん忙しい人間が主催者。あの日の自分は、金曜の夜のコンビニをワンオペで回している店員です。レジに列ができているので、店内で困っている人には気づけません。それを頑張っているつもりでした。
そのメンバーが挙げた主催者の仕事は3つでした。参加した人を守ること、誰かだけが偉く見える形にしないこと、参加者同士をつなぐこと。作業で手がふさがっている人間は、この3つを1つもできません。いちばん忙しい主催者がいる会は、輪に入れる人が誰もいない会でした。端で黙っている人がいるのは見えているのに、こちらはレシートを数えています。
帰るときに、参加した人どうしが話した量が、主催者と話した量より多くなっていれば成功です、という見方も教えてもらりました。当時の自分の会は逆でした。会話が成立していた組み合わせは2つだけです。参加者と自分、参加者と盛り上げ役として誘った知人。18人の輪ではなく、1対1の面談の列が2つできていただけでした。主催者としては話しかけられ続けるので気持ちがいいのですが、それは満足の形をした失敗です。
4. ルールを作らないのが優しさだと思っていました
「ざっくばらんに話しましょう」「堅苦しいのは無しで」。よく書いていました。縛らないほうが自由だと思っていたからです。
指摘は逆でした。その場かぎりの決まりを先に出すほうが、来た人は遠慮しなくてよくなります。何を話していいか分からない人にとって、ルールは檻ではなく手すりです。「知らない人と2人は連絡先を交換してください」と最初に言われれば、聞くほうも聞かれるほうも気まずくありません。ルールなので。
ざっくばらんに、と言われて胸のうちを話せる人は、もともと困っていません。困っている人はその一言で、自分でルールを発明する仕事を渡されたことになります。白紙のプリントを配って、好きに書いていいよと言ったまま職員室へ帰る先生。当時の自分がやっていたのはそれです。
案内文に、そのまま出ています
ここまでの4つは、開く側からするともっともらしい理由があります。そしてもっともらしい理由がある型ほど、案内文に堂々と書いてあります。隠す理由がないからです。だから申し込む前に読めます。
| やっていた型 | 案内文でのサイン | その場で起きること | 代わりに要るもの |
|---|---|---|---|
| 誰でもどうぞと書く | 「どなたでも」「誰でも歓迎」だけで、誰のための回かが無い | 来た人が、自分はここにいていいのかを各自で判断します | 誰のための回かを1行で書くこと |
| 乾杯後に手を離す | 流れが「自己紹介」と「歓談」だけで埋まっています | 声の大きい人が進行役になり、会が別の方向へ進みます | 区切りと、その時間に何をするかの明示 |
| 主催が作業を兼ねます | 受付・会計・撮影の担当が1人しか出てきません | 端にいる人を輪へ入れる人がいなくなります | 手が空いたまま周囲を見渡している人 |
| ルールを作りません | 「ざっくばらんに」「自由に」で当日の決まりが無い | 何を話すかを決める仕事が、来た人へ渡ります | その場かぎりの決まりを1つか2つ |
4つに共通しているのは、本来は開く側がやる仕事が、来た人へ移っていることです。誰のための集まりかを決める、話す中身を決める、輪に入れます。この3つを参加者が自力でやる会は、慣れている人だけが得をします。
チェックするポイントは、1つだけ
案内文を開いたら、確認するべきポイントは決まっています。
- 当日の流れが書いてあるかをチェックします。時間の区切りと、その時間に何をするのかが明記されていれば安心です
- 書いてあるなら、上の表の4つに当てはめます。2つ以上当てはまる回は、慣れている人向けだと思って構いません
- 書いていないなら、「当日はどんな流れですか。席は動きますか」と1回だけ聞いてみる。返事が具体的であれば安心して参加できます
- 返事があいまいなら、申し込まなくて問題ありません。組み立てていないか、決めていないかのどちらかです
この4行に、あなたの性格の話は1つも出てきません。人見知りでも、初対面が苦手でも、同じように見分けられます。
Coeliaも、まだ全部は書けていません
いまのCoeliaは、テーブルに自己紹介カードと話題サイコロを置いています。振れば話題が出るので、来た人が話題を用意しなくて済みます。ときにはゲームを使う回もあります。運営はその場に同席していて、輪に入りづらいときや気になる言動があったときは、その場で相談できます。20代限定で、全員と話せる人数で開いています。上の表でいう3番と4番は、道具を置くことと、当日の役割を分けることで直した部分です。
そのうえで、この記事の基準を自分たちが満たし切れていないところも書く。Coeliaのイベントページには、当日の流れを書いていません。いまは「集合場所の詳細、当日の流れ、リマインド連絡は申込後にご案内します」としています。理由はあって、そのイベントに誰が来るかを見てから進行を決めていますからです。初参加の人が多い回と、顔なじみが多い回では、同じ流れが合いません。
ただ、申し込む前に流れを読みたい人にとっては、書いていないことに変わりはありません。気になる回があれば申し込む前に聞いてほしい。その日どう進むかは、聞いてもらえればそのまま伝えます。初対面で話しかける回数や席の並びが気になるときは、恋愛タイプ診断(6問・無料)で自分の距離の取り方を先に知っておくのも手だ( 自分の傾向を知る材料になる)。
変わったのは、来た人が自分で用意するものです
あの夜からいくつも失敗を重ねて、進行は少しずつ直してきました。いまは席が動く。テーブルにはお題があり、当日その場を見ている人の手は空けてあります。
変わったのは、話し始めるきっかけを、来た人が自分で用意しなくてよくなったことです。サイコロを振ればお題が出ます。時間が来れば席が変わり、相手も変わります。話しかけるタイミングを探して、飲み物を持ったまま立ち尽くす時間はもう作りません。
気まずさは、性格ではなく進行から出てきます。次に案内文を開いたら、自分の話術ではなく、当日の流れを見てほしい。
この記事の次に読むと決めやすいもの
よくある質問
初対面の飲み会で気まずくなるのは、会話が下手だからですか?
会話の技術より先に、そのイベントの進行の影響が出ます。誰のための回かが決まっていません、乾杯のあと進行が無い、開く人が作業で手を離せない、当日の決まりが無い。交流会でも社会人サークルの飲み会でも、この条件が重なると、話し慣れている人以外は黙る時間が長くなります。申し込む前の案内文で見分けられます。
案内文のどこを見れば、気まずい回かどうか分かりますか?
交流会や飲み会の案内文なら、当日の流れです。時間の区切りと、その時間に何が起きるかが書いてあるかを見ます。「どなたでも歓迎」だけで誰のための回かが無い、流れが自己紹介と歓談だけ、担当者が1人しか出てこない場合は、来た人の側の負担が大きい回です。
当日の流れが書いていない会は、申し込まないほうがよいですか?
まず一言聞いてほしい。「当日はどんな流れですか。席は動きますか」で足ります。返事が具体的なら、書いていないだけで組み立ては済んでいます。あいまいなら、別の回を探すほうが早い。
「ざっくばらんに話しましょう」と書いてある会はどうですか?
当日の決まりが別に書いてあるなら問題ありません。その一言しか無いときは、何を話すかを決める仕事が来た人へ渡っています。話し慣れている人には快適で、そうでない人には無言の時間になります。
全員で一周する自己紹介は、あったほうがよいですか?
単体で置くと緊張が上がります。カードやお題とセットで、話す中身が決まっている形なら詰まりません。自己紹介そのものではなく、何を話すかを場が用意しているかどうかで見ます。
Coeliaのイベントは当日の流れが分かりますか?
いまはイベントページに当日の流れを書いておらず、集合場所の詳細と一緒に申込後の案内で伝えています。そのイベントに誰が来るかを見てから進行を決めているためです。申し込む前に知りたい場合は、公式LINEのトーク画面かイベントページの問い合わせから聞いてほしい。その日どう進むかはそのまま伝えます。
その前に、そもそも会う回数が足りていないこともあります
ここまでは、1回の会をどう見分けるかの話でした。ただ、上京したてで東京に知り合いがいない場合、詰まっているのは1回の質より前にあります。友達の作り方がわからないのは、一度も使ったことがないからでしたに、その話を書きました。




