飲み会のあと、帰り道でスマホを開く。楽しかったはずなのに、なぜか体が重い。相手は悪い人ではありません。むしろ長い付き合いの友達です。それでも会うたびに、どこか肩の力が入ります。
SNSや記事でフレネミーという言葉を見かけても、自分の友人関係に当てはまるのかは分かりにくい。友達なのに会ったあと疲れます。その状態に名前が付くと、相手を悪者にしなくても説明が持てる、という読み方があります。
そう感じたとき、たどり着く結論はだいたい同じ形をしています。相性が悪い、自分が狭量、本当の友達じゃありませんでした、と。
コエリアリサーチャー 友達Aです。普段はCoeliaのイベント設計を担当しながら、社会心理学の研究をもとに人間関係を構造から読み解いています。この記事で確かめるのは、フレネミーとは何かと、「相性が悪いから疲れる」という前提を、関係の種類で読み直すとどう見えるかです。
会ったあと疲れるのは、相性が悪いからだと思われています
長い付き合いの友達と会って、帰り道で言葉を反芻します。あの一言、どういう意味だったのか。自分が言いすぎたのではないか。楽しかった時間のあとに、なぜか体が張ったまま残ります。こうした経験があると、たいてい次の説明に落ち着きます。
相性が合わないのです、自分が狭量なのです、本当の友達ではなかったのです、と。この説明は筋が通っています。合わない相手と無理に付き合えば疲れます。敏感すぎれば、何でも気にしてしまいます。
ただしこの前提には、もう1つの主張がこっそり乗っています。友達関係は、支持的か否定的かの二択ですという主張です。良い面があるなら、疲れるのは自分の問題です、という帰結にもなります。ここを、関係の種類で測った研究があります。
フレネミーとは、友達なのに良い面と不快が同時に残る関係
フレネミー(frenemy)は、英語のfriend(友達)と enemy(敵)を組み合わせた造語です。敵対しているというより、友達なのに良い気持ちと不快が同時に残る関係を指します。職場の同僚、学生時代からの友人、共通の友人がいるグループの中の1人。相手が悪い人ではなくても、会うたびに体が張ることがあります。
心理学では、同じ配置を両価的関係(ambivalent relationship)と呼び、支持的な友人関係とは別の種類として研究されています。フレネミーは日常的な言い方、両価的関係は研究で測るときの名前、という違いだけです。
フレネミーと、ただ性格の悪い友達や嫌いな人とは重なりません。否定的な関係なら、会う前から避けたいはずです。支持的な関係なら、会ったあと体が軽いはずです。フレネミーはそのあいだにいます。会うと楽しい時間があります。それでも帰り道、あの一言が残ります。
| 関係の種類 | 感じ方の特徴 | 会ったあとの体 |
|---|---|---|
| 支持的(supportive) | 安心して話せます。悩みを話しても軽くなります | 会ったあと体が軽い傾向 |
| 両価的(フレネミー) | 良い面と不快が同時に残ります。褒めと嫌な一言が交互に来ます | 楽しいのに帰り道で反芻しやすい傾向 |
| 否定的 | 会う前から避けたい。相手と過ごす時間自体が負担 | 会わなくてよいと感じる傾向 |
フレネミーかどうかの見分け方として、次の3つを一緒に見てみてください。1つだけ当てはまっても、すぐにラベルを貼らなくてよい。
- 会う前=楽しみと、どこか肩の力が入る感覚が同時にあります
- 会っている最中=笑い合える時間があるのに、どこか言葉を選んでいます
- 会ったあと=体が軽くなりません。帰り道であの一言を反芻します
フレネミーの体は、支持的な友人の前と同じように休めません
心理学者ジュリアン・ホルト=ランスタッドらは2007年、健常成人107人とその同性の友人を対象に、友人の質が会話中の体の反応にどう影響するかを測定しました(Holt-Lunstad, Uchino, Smith, & Hicks「On the importance of relationship quality」Annals of Behavioral Medicine, 33巻3号・2007)。友人は「支持的」か「両価的(ambivalent)」かに分類され、参加者は友人と一緒にポジティブまたはネガティブな出来事について話しました。
結果は、友達だから安心できる、という直感とずれていました。否定的な出来事について話すとき、両価的な友人と話した場合の収縮期血圧の反応は、支持的な友人と話した場合より大きかったのです。さらに、両価的な友人を連れてきた参加者は、支持的な友人を連れてきた参加者より安静時心拍数が高く、呼吸性洞性不整脈が低い傾向が見られました。
論文の結論は、こう述べています。両価的な友人の前では十分にリラックスできず、ストレス時の支援の恩恵も受けにくい、と。友達であっても、良い面と嫌な面が同時に残る関係では、体は支持的な友人のときと同じように休めない、という話です。
同じ研究チームは別の集まりで、人のつながりの約半数が両価的だとも説明しています*2。
フレネミーと付き合うと、帰り道で言葉を反芻しやすい
ここから先は、私が数えて確かめたわけではなく、観測であって検証ではありません。ただ日常の場面に当てはめると、辻褄が合う描写がいくつかあります。
会うたびに楽しい時間はあります。笑い合えます。昔の話もできます。それでも帰り道、あの一言が頭から離れません。「また会おう」と言いながら、次の予定を入れるのに少しだけ間が空く。褒めてくれる日もあります。同じ人が、別の日に心に引っかかる一言を残す。悪い人ではありません。むしろ長い付き合いだからこそ、良い面も嫌な面も両方見えています。
性格が悪いのでも、自分が狭量なのでもなく、関係の種類が支持的ではありません、という読み方ができます。上の表でいう両価的(フレネミー)の配置に、日常の場面が重なることがあります。
| 場面 | フレネミー(両価的) | 支持的な友人 |
|---|---|---|
| 悩みを話したあと | 聞いてくれるが、体は軽くなりにくい | 話したあと、肩の力が抜けます |
| 褒められた日 | 嬉しいが、別の日の嫌な一言も同時に思い出す | 褒めの記憶だけが残りやすい |
| 予定を入れるとき | 楽しみと、少しだけ間を空けたくなります | 会う日を前向きに待てます |
切れない関係は、長い付き合いと共通の友人が支えています
両価的な関係が続くのは、気持ちの問題だけではありません。学生時代からの友人、職場の同期、共通の友人がいるグループ。切ると他のつながりも動く構造が、関係を維持します。日本では「長い付き合いを大切にする」文化も、関係を切りにくくする要因の1つ。
研究チームの別の説明にある「つながりの約半数が両価的」が近い規模なら、疲れる友達関係は例外的な悪徳ではなく、かなり一般的な配置です。自分だけが変な関係を持っている、という読み方は外れます。
問題は、両価的な関係を支持的な関係と同じ使い方をしてしまうことです。悩みを話す相手、弱い部分を見せる相手、助けを求める相手。ここに両価的な友人を置くと、支持的な友人のときには得られたはずの軽さが来にくい。研究が示しているのは、まさにこの点です。
SNSでは、良い面と嫌な面が同時に見え続けます
いまの生活では、両価的な関係が切れずに残りやすい仕組みがもう1つあります。SNSです。会わなくても、相手の投稿は流れてきます。楽しそうな写真、成功の報告、昔の思い出。良い面だけが定期的に更新されます。同時に、過去に刺さった言葉の記憶も消えません。
以前は会わなければ、嫌な面は自然に薄れていく余地がありました。今は、フォローを外さない限り、良い面と嫌な面が同時に見える状態が続く。切らずに残すほど、疲れが蓄積しやすい構造です*3。
グループチャットも似た形をしています。返信しなくても、会話は流れ続けます。読んでいるだけで、良い面と嫌な面の両方が目に入ります。会ったあと疲れる関係を、会わない期間でも維持し続ける装置です。
変えられるのは相手ではなく、話す相手と話す内容の分け方
ここまでの話を踏まえると、手を入れる先は「相手を直すこと」でも「関係を切ること」でもありません。動かせるのは、誰に何を話すかの設計という一点です。
- 悩みや弱い部分は、支持的な相手にだけ話す=両価的な友人に話しても、支持的な友人のときほど楽になりません(Holt-Lunstad et al., 2007)。話さないのではなく、話す相手を分ける
- 両価的な関係には、楽しい面だけを置く=食事、趣味、軽い近況報告。深い相談は支持的な相手へ。関係をゼロにしなくても、役割を分けられる
- 支持的な新しい接点を、評価ではなく活動から足す=初対面で人格を品定めするような集まりより、活動そのものが話題になるイベントのほうが、支持的な関係を育てやすい
弱いつながりを切らずに残す構造については、知り合いが増えても広がらない理由で別の角度から書いています。会話の前に頭の中で失敗を想像する話は、交流会に行く前の不安が扱うテーマです。
Coeliaの会では、はじめましてカードに「最近よかったもの・ちょっと得意なこと・相談に乗れること」を書いてもらっています。初対面でも次に何を話せるかの糸口が残るので、人格を一発で品定めされるような雰囲気になりにくい。開催の内容はイベントごとに違うので、詳細はイベント一覧の各ページを確認してください。
よくある質問
フレネミーとは何ですか?
フレネミーとは、友達なのに良い面と不快が同時に残る友人関係を指す言葉です。英語のfriend(友達)と enemy(敵)を組み合わせた造語で、敵意があるというより、良い気持ちと不快が同時に残る関係を指します。心理学では両価的関係(ambivalent relationship)と呼び、支持的な友人関係とは別の種類として研究されています。
フレネミーと嫌いな友達の違いは何ですか?
嫌いな友達(否定的な関係)なら、会う前から避けたいはずです。フレネミーはそのあいだにいます。会うと楽しい時間があります。それでも帰り道、あの一言が残ります。支持的な友人なら、会ったあと体が軽いはずです。
フレネミーかどうかの見分け方はありますか?
会う前に楽しみと肩の力が入る感覚が同時にあるか、会ったあと体が軽くならないか、帰り道であの一言を反芻するか。この3つを一緒に見てみてください。1つだけ当てはまっても、すぐにラベルを貼らなくてよい。
友達なのに会ったあと疲れるのは、相性が悪いからですか?
相性の問題だけでは説明しきれない面があります。研究では、良い気持ちと不快が同時に残る友人の前で、支持的な友人の前より体が張りやすいことが示されています。悪い人だからではなく、関係の種類が違います。
フレネミーとは距離を置くべきですか?
切るか我慢するかの二択だけではありません。研究が示すのは、悩みや弱い部分を両価的な友人に話しても、支持的な友人のときほど楽にならない、という点です。距離をゼロにするのではなく、話す内容と頻度を分けてみてください。
新しい友達を作れば、フレネミーは減りますか?
古い関係が自動的に整理されるわけではありません。ただし、支持的な新しい接点を足すことで、疲れの受け皿を分散できる可能性はあります。評価ではなく、活動そのものが話題になる場のほうが、支持的な関係を育てやすい傾向があります。
Coeliaのイベントはフレネミー対策になりますか?
特定の友人関係を直す場ではありません。ただし、初対面でも次に話せる糸口が残る工夫(はじめましてカードなど)や、活動が会話のきっかけになる設計はしています。開催内容はイベントごとに違うので、詳細はイベント一覧の各ページを確認してください。

